開催記録草稿(未定稿、禁引用)
報告3「中世後期学問史研究の可能性―思想史研究と文学研究のあいだ―

野上 潤一(国文学)

まず、中世学問史研究の確立のためには、「学問」(以下、「学問」は、研究対象たる当該期の学問のみを指し、現代の研究を指さないものとする)自体を研究対象としない文学研究が主導する先行研究とその偏倚によって生じた檻穽を除去すべく、構造的に対象化されずにきた領域を枠組に取込みつつ、「学問」自体を対象とした、幅広い領域に亘る領域横断的研究を蓄積することによって、研究領域を拡大・再編し、あらゆる「学問」を中世学問史研究という秩序に帰属させることが必要である。特に、当面の課題である中世後期学問史研究の基盤構築のためには、可能な限り精度を高めた実証研究に徹すること、註釈書に限らず、あらゆる「学問」それ自体を対象とすること、幅広い領域に亘る領域横断的研究によって、中世後期の諸学問の経絡を明らかにしつつ、それらを同一の地平で論ずる視座を設けること、抄物や古辞書など「国語学資料」として研究対象外とされている資料を中世後期学問史研究の枠組に取込むこと、中世後期のなかでも、ほとんど研究蓄積がない十六世紀の典籍に関する個別研究を蓄積させること、影印・飜刻が紹介されていながら、等閑視されている資料を中心に、個別研究を蓄積させ、研究蓄積の不均衡を是正することが急務であると言える。

以上を踏まえたうえで、中世後期学問史研究がいかなる学問であるかを規定すると、表面的には、当該期の「学問」を書物の博捜を伴う註釈行為と把捉し、註釈行為・引用のあり方等知的営為の様態を解明する学問であるが、その内実は、典籍間の依拠関係の総体を実証的に闡明することによって、従来の歴史研究・言説研究では対象化されない、典籍の流通・人的交流・蔵書形成・教養の位相差・「学問」の位相差を解析しつつ、近世へ向けて、「学問」の位相差が徐々に解消される(あるいは、されない)過程、「学問」のスタンダードが形成される(あるいは、されない)過程、および、「学問」の諸潮流を記述する学問である。また、書物に関する問題を学問史の問題として読替えることによって、学問史研究を文献学と書誌学の空白を埋める、第三の書物をめぐる学問として位置づけることができる。以上を総合すると、学問史研究は、歴史研究と言説研究を架橋し、文献学と書誌学の空白を埋める、逸史の考古学であると言える。

一方の思想史研究には、基礎的作業が不足している傾向が認められるのみならず、以下のごとき問題点があげられる。「①点描的研究が多く、精緻さに欠ける傾向がある。また、言説を批判的に検証する視点が欠落していることがしばしば見られるため、誤謬を訂正し得ない確率が高い。②点描的研究が多いことの当然の帰結として、図式的研究が多数確認できるが、図式的研究は、捨象しているものが多いため、原理的に、証明が必要な問題を前提に含む、論点先取の誤謬を回避し難い。③研究対象が宗教に偏重しているが、研究対象の偏倚は、上記研究方法の偏倚を再生産する可能性が高い。④すでに発見されている問題を検討する問題先行型の研究が大勢を占めているが、当該傾向は、研究対象、ひいては、研究方法の偏倚を再生産する可能性が高い。そして、研究方法が、非実証であることが多いのみにとどまらず、研究内容が、そもそも実証不可能な問題であることがまま認められるが、これは問題先行型に起因する弊害であると考えられる。さらに、言説を批判的に検証する視点が欠落している傾向が、先行研究の批判にも波及しているため、先行研究の誤謬が既成事実化されたうえで再生産される危険性があり、適切な研究蓄積が成されていない可能性が高い」。以上を総合すると、研究が停滞しているのは当然であると言える。

如上の問題点を学問史研究の理念と照応すると、「①実証、②個別研究の蓄積、③幅広い領域に亘る領域横断的研究、④実証→仮説→実証による再検証という手続きを採る問題発見型の研究、実証研究に基づく適切な研究蓄積」、以上のごとく、非常に対照的であることが諒解される。すなわち、思想史研究の問題点は、原理的には、学問史研究の方法によって、解消されることが予測されるのである。

草稿