開催記録草稿(未定稿、禁引用)
「シンポジウム「日本中世思想史研究に明日はあるか」を企画運営して

森 新之介(企画運営)

発端

事の始まりは2017年10月、東京大学で開催された日本思想史学会大会の懇親会で、鈴木氏と1、2年ぶりに再会した時だった。話の流れで、私の早稲田大学高等研究所での専任教員としての任期が2019年3月までだと告げると、「じゃあそれまでに一緒に何かやりましょうか」と言われた。鈴木氏も早稲田出身なので、母校で何かやりたいという気持ちがあるのだろうとは思ったが、社交辞令でないかという思いもあった。

話が動いたのは2018年正月だった。鈴木氏から「一緒に何かやりたいですね」と書き添えられた年賀状が届くと、私はならばと「日本中世思想史研究のダメなところを言い合う研究集会とかだったら面白いかも知れません」と返信した。鈴木氏は当初、「後ろ向きなことを内輪で話し合ってもただの愚痴になりそうなので、できたら何か前向きな主題を掲げて、その一環として日本中世思想史研究の問題に触れられたらよいように思います」とやや難色を示していた。

とはいえ一度会って話そうということになり、鈴木氏の上京予定に合わせて4月上旬に高田馬場で夕食をともにした。私が「日本史と国文学の優秀で歯に衣着せぬ研究者にも登壇してもらいましょう。大塚さんと野上さんとかどうですか。あと思想史の舩田さんも」「参加者にコーヒーや菓子を振る舞いたい」「会場のスクリーンに聴衆の投稿した弾幕が流れるようにしたい」「音声をネットで同時配信したい」などの腹案をぶつけると、酒の勢いもあってか鈴木氏も乗り気になってきた。

斯くして企画は本格始動した。開催日の調整が難航したものの、辛うじて10月27日という5人全員が登壇できる日を見付けられた。主題は私が提示し、鈴木氏も賛同した「日本中世思想史研究に明日はあるか」で決定した。

私の企画意図

1. 言路不通

私が当初から「日本中世思想史研究のダメなところを言い合おう」と提案し、「日本中世思想史研究に明日はあるか」という後ろ向きな主題を提示したのは、日本中世思想史研究についての扮飾に倦み疲れていたからだった。2015年の日本思想史学会大会シンポジウムで主張し、今回のシンポジウムでも繰り返したように、私は日本中世思想史研究が現在危険な状況にあると考えている。何年も前から、数少ない若手研究者たちで酒を飲むとよくそういう暗い話になっていた。

ところが、そういった危惧の声が日本思想史学会などで表立って唱えられることは殆んどない。その理由を私なりに考えると、学界の重鎮たちが長年「自分たちの研究により日本中世思想史研究は好調だ」と喧伝してきたからだろう。もし「いや、好調じゃない」と公言しようものなら、それは「重鎮たちは日本中世思想史研究を好調にできなかった、しかも認知が歪んでいる」と公言することと同じになる。大会や会誌などで若手に期待されているのは、重鎮たちの素晴らしい研究を称讃してその継承を誓ったり、研究を取り巻く国内外の情勢の悪化を憂えたりすることであって、重鎮たちの耳に逆らうことでない。

虎の尾を踏むようなことは誰もしたくないだろうが、陰で不平を言っているだけでは好転を期待できない。また、この窮状という焦眉の問題から目を逸らし、別の主題でシンポを開催することも的外れだろうと思われた。より直截に言えば、重鎮たちや日本中世思想史研究が死に絶えてから「実は私は以前からこうなることを危惧していたのです」と言い出すようなことはしたくなかった。

ただ、私は日本中世思想史研究のダメなところを2015年の日本思想史学会大会シンポですでに幾らか公言していたので、他の思想史研究者を巻き込んだだけでは面白くない。そこで、日本史と国文学の研究者にも登壇してもらい、日本中世思想史研究のダメなところを忌憚なく言ってもらうことにした。

2. 思想史研究への冷評

当シンポの論評要旨で、舩田氏は「かつては、「思想史は安易な感想文である」というような評言もなされた(現在はどうであろうか)」と書いている。現在でもそうだろう。

5年ほど前、2、30代の若手研究者を中心としたある日本史の研究会に参加した時も、こんなことがあった。ある報告の質疑応答で、私の左隣の席に座っていた若手研究者が立ち上がり、お道化た口振りでこう発言した。「○○さん(報告者)の言いたいことは分かりますが、根拠が不十分ですね。根拠なしに雑なことを言ってしまったら、それはもう日本史じゃなくて思想史になってしまいますよ」。これは日本史研究者たちにとっては面白い発言だったらしく、会場に笑いが起こった。その若手研究者は、思想史研究は乱暴だというより、乱暴な研究はすべて思想史研究だと考えているように見えた。

このような声は、誰しも思想史研究を何年かしていれば耳に入ってくるものだろう。しかし、思想史研究者たちの集まりでそれが話題になることはまずない。日本史研究者からの嘲笑など存在しないような不思議な空間が、いつも展開される。

日本史の大塚氏と国文学の野上氏には、当初から「思想史研究者にとって耳の痛いことを言ってほしい」と依頼していた。期待通り、2人の批判には思想史研究者が大いに傾聴し、反省すべきものがあったと思っている。実を言うと、2人には「私たち思想史の登壇者3人の研究も当日血祭りに上げてくれて構いません」と伝えていて、準備段階の遣り取りではかなり厳しい批判も寄せられた。私は「当日もその勢いでお願いします」と伝えていたが、壇上であまりそうならなかったことが心残りと言えば心残りだ。

なお、私は日本史や国文学の芝生が青いとはあまり思っていない。それどころか、「どうしてこの学界ではこんな乱暴な議論が罷り通ってしまうのだろうか」と首を傾げることも少なからずある。前述の「日本史じゃなくて思想史になってしまいますよ」と発言した若手研究者も、その後いろいろと雑なことを言っているように見える。当シンポでは主題から外れるので取り上げなかったというだけのことだ。

どの学界、どの研究者にも長所と短所がある。切磋琢磨しながらそれぞれの短所を補い、長所を伸ばしていけばよいだろう。

やりたい放題

学会などの主催するシンポだと、企画運営にいろいろな制約が付き纏う。守らなければならない先例に縛られ、新儀を作ることも許されず、自分の権限がどこからどこまでなのかよく分からない、ということもある。当シンポは、私が当時勤務していた早稲田大学高等研究所から援助と協力があったものの、干渉はなかった。そのため鈴木氏と協議しつつ、やりたい放題できた。

1. 登壇者の人選

私は他のシンポの登壇者の人選に不満を覚えることがある。自分の後輩や教え子に業績を作らせたいとか、気心が知れているとかいう理由で、適任とも思われないような研究者をシンポに登壇させることが少なくないからだ。もし適任であれば学部生だろうと登壇させるべきで、もし適任でなければ名誉教授だろうと登壇させるべきでない。簡単な話だ。

今回の陣容について言えば、私は大塚氏、舩田氏と以前から親しかったものの、この2人に依頼したのは前述のように「優秀で歯に衣着せぬ研究者」と見込んだからであり、決して自分と親しかったからでない。野上氏とは挨拶などをしたことがなかったものの、以前から論文を読み、研究発表も2度ほど聴いており、今回の国文学からの登壇者に最適だと考え、メールアドレスを伝え聞いて登壇を依頼した。このような人選はもっとあるべきだろう。

なお、大塚氏と野上氏は日本思想史学会の会員でないが、中世思想史を研究するのであれば当然意識していなければならない研究者だと考えられる。ところが、私は日本思想史学会の大会や会誌で2人の名を見聞きしたことがない。まるで見えない壁で仕切られているかのようだ。存在が知られているかも疑わしいため、2人の研究などを如何に思想史研究に取り込むかという問題意識は共有されていない。

今回の登壇者5人が、思想史と日本史、国文学で最高の研究者5人だとは考えていない。5人に私が含まれているだけで、それは有り得ない。だが、この主題のシンポにとっては最適の5人を集められたと自負している。

2. 事前準備

登壇者5人は私と大塚氏が東京、野上氏が大阪、舩田氏が愛知、そして鈴木氏が北海道に居住していたこともあり、前述のように開催日の選定が非常に難航した。東京で一堂に会し得るのは10月27日だけだったので、全員での事前打ち合わせは開催できなかった。シンポによっては企画者が登壇者と事前に打ち合わせないこともあるが、当シンポは開催趣旨を登壇者全員で共有することが必要だった。

そこで私が4人それぞれと2回以上、個別に打ち合わせることにした。野上氏と舩田氏との打ち合わせではそれぞれ大阪と愛知に出向いた。登壇者全体での打ち合わせだと濃密な議論はどうしても難しくなるが、一対一だとそれが容易になるので、これは良い方法だと思われた。私も相手も、2回の濃密な打ち合わせで考えを整理したり新しいことを思い付いたりできた。

なお当然ながら、大塚氏と野上氏、舩田氏との打ち合わせ内容は鈴木氏と逐次共有していた。鈴木氏とはメールで密に連絡し合い、企画案などの文書はメール添付でなくGoogleドライブで共有し、開催1週間前にはSkypeのビデオ通話で打ち合わせた。鈴木氏はメールの返信が早く、クラウドやビデオ通話などの技術にも理解があり非常に助かった。

3. 音声と配布資料のネット同時配信

当シンポは会場に来られない人のため、音声をYouTubeで、配布資料をGoogleドライブでそれぞれ同時配信した。

音声配信の実施には大きな理由と小さな理由があった。まず後者から言えば、私は当初から当シンポで数人の著名な研究者たちを批判するつもりでいた。当然その研究者たちにも当シンポの案内を送ってはいたが、多忙で当日早稲田まで来られないことは想像に難くなかった。これでは、「森たちは多忙な研究者たちが参加しようのないシンポを開催し、密室でその研究者たちを中傷した」などの風評が生じる虞があった。そのような風評を予防するためにも、音声配信は必要であった。

そして大きな理由として、私は当シンポに限らず、研究発表の音声と配布資料は配信されるべきだと予てから考えていた。もちろん、自分の研究発表が配信されることを好まない研究者の意思は尊重されるべきであり、また紹介したい史料の所有者が配信を許可しないとかいうこともあるだろう。しかし、研究集会の主催者が配信を許可せずそのための設備を提供しないことは、ただの怠慢であるように思われる。タブレット端末など1台とネット環境さえあればよい配信は、プロジェクタとスクリーンを必要とするスライド投影より容易だとも言い得る。

私は大学院生時代から、現地に行かないと研究発表を聴き得ないことが不満だった。聴きたい研究発表が幾つもあり、会いたい研究者が何人も来ると分かっていて、しかも近場であれば喜んで参加するが、聴きたい研究発表1つのために誰が来るのか分からない遠方の会場まで出向くことは困難である。研究者の多くは時間か予算の一方または両方がない。参加できる研究者だけが参加すればよい研究集会は存在しないのでないか。まして日本中世思想史研究の明日を切り拓くためには、北海道や九州、海外の研究者とも危機意識を共有し、衆知を結集しなければならない。

音声だけを配信されても聴取者は内容を十分に理解できないだろうから、報告者3人と論評者の配布資料もGoogleドライブで公開した。これには、聴取者への便宜ということ以外にもう1つ理由があった。配布資料は多めに刷って用意していたものの、予想以上の来場者があって足りなくなるということも有り得なくなかった。通常は係員が随時増刷すべきところだが、当シンポは係員を僅か1人だけにしたのでそれは不可能だった。そこで、万一配布資料が足りなくなったら、Googleドライブの配布資料を見るように呼び掛けることにした。

今回の音声配信は常に15人ほどの聴取者があり、好評だった。ある研究者は、事前に私に「どうしても抜けられない会議があるので欠席するが、休憩時間に配信を聴くことにする」と言っていた。またある研究者は、開催翌日「参加するつもりだったが当日急に外出できなくなり、配信があって助かった」と私に伝えてきた。

ただし、音声を配信したのは報告3つと論評だけで、全体討論が始まる前に配信を終了すると事前告知していた。これには3つの理由があった。第1に、全体討論には聴衆も参加するため、配信するとなると聴衆から配信への同意を得る必要があり、また配信に同意しない聴衆が発言しなくなって全体討論が盛り上がらなくなる虞もあった。第2に、登壇者は十分な時間を費やして報告や論評を準備できるが、全体討論では当意即妙に発言しなければならず、もし不用意な発言が全世界に配信されれば誰にとっても好ましくないことになる。聴衆の発言にしても同じである。そして第3に、すべて配信して聴取できるようにすると、来場してもしなくても同じだと考える人が出て来場者が少なくなり、全体討論が盛り上がらなくなる虞があった。

報告者と論評者の配布資料も、当然ながら当日時点での暫定のものだった。そのため無期限で公開することはできず、論評が終了した16:05に予告通り配信音声とともに聴取閲覧できなくした。何れにせよ、今回このような珍しい試みが可能になったのは、やはり登壇者たちに理解と度胸があったからである。

4. 弾幕

私は、シンポの成否を分かつものは全体討論だと考えている。そのため当シンポは全体討論に1時間半を割き、その時間が削られないように報告や論評の定時進行を厳守した。

ただし、それだけでは物足りない。全体討論の時間以外にも、登壇者や聴衆が匿名でも気軽に意見などを表明できるようにすれば、もっと混沌としてもっと面白くなるだろう。そう考え、当シンポは壇上のスクリーンに聴衆からの反応を随時投影できるようにした。右から左へ流れていくわけではないので厳密には違うが、これを「弾幕」と称した。


公式サイト所掲の画像

当日の会場スクリーン

弾幕の投稿者が会場にいる必要はないため、音声配信の聴取者が遠方から投稿することも可能だった。ただ、配信には時差が生じることもあり、もし聴取者が3分くらい遅れて弾幕を投稿してしまうと混乱が生じかねないので、開会時の全体説明で聴取者は弾幕投稿を自粛するように呼び掛けた。また、管理者の画面を音声とともにYouTubeで配信すれば、聴取者も遠方から会場のスクリーンと同じ画面を見られたが、配信用PCへの負荷が大きくなり配信が不安定になりかねないため見送った。前述の全体討論の音声配信と同じ危惧もあった。

なお、本稿を執筆中の2019年4月、CommentScreenという弾幕用アプリが正式公開された。今後このようなアプリやサービスが拡充されていくことを願っている。

5. コーヒーとチョコレート

この業界の研究集会で飲み物や菓子が振る舞われることは少ない。たとえ振る舞われたとしても、コンビニで売っているようなペットボトル入りの飲み物や個別包装された菓子くらいであり、何とも味気ない。


2018年3月、ワシントン大学にて

私は2018年2-3月、早稲田大学のFD研修でワシントン大学を訪問する機会に恵まれた。シアトルはスターバックス発祥の地であり、現地の人たちはコーヒーを水のように愛飲していた。研修でも新鮮なコーヒーとともにクッキーやケーキ、ドーナツが振る舞われ、たったそれだけのことと思われるかも知れないが、コーヒーと甘いものの好きな私の参加意欲は大いに高まった。

研究集会などは厳粛な学究の場だが、そのような場への参加をより楽しく、心地よくすることはむしろ望ましいと私は考えている。そのため前述のように、同年4月の鈴木氏との最初の打ち合わせでも、当シンポでコーヒーや菓子を振る舞いたいと提案した。


2018年10月、当シンポにて

コーヒーは当初、スターバックスなどのポットサービスを考えていたが、運搬の手間があったため納品と回収までしてくれる業者にした。夏に新宿のヒルトン東京地下の店舗を訪れ、試飲して決めた。50人が来場するものとして、1人3杯飲んでも余るようにホットとアイスを計160杯分。菓子は当初、クッキーやバウムクーヘンにするつもりだったが、嵩張り日持ちしないためチョコレートにした。

菓子もコーヒーと同じく、決して足りなくならないよう多めに用意した。廃棄飲食物の発生を抑制することは美徳だが、余らないようにすると足りなくなりかねず、もし足りなくなれば来場者を落胆させかねない。

コーヒーには別の効果も期待していた。全体討論以外の音声がネット配信されると知り、参加意欲が減退しかねない人を釣る餌としての効果である。そのため、コーヒーを振る舞うことは開催1か月前、音声配信することとともに告知した。当日、本気か冗談か分からなかったが「今日は別の研究会もあってどちらに行こうか迷ったけど、コーヒーが飲めるからこっちに来た」と語る参加者もいた。たとえ冗談だったとしても、そういうことを気軽に言い得る雰囲気が生まれていたことは喜ばしかった。

チョコレートについては参加者を驚かせたかったので、事前告知しなかった。前掲の弾幕画像を見ても分かるように、これらは参加者に好評だった。

6. 託児室など

早稲田大学の託児サービスは、本来学内の教職員と学生のためのものだが、学内で開催される研究集会の企画運営者が窓口となってその参加者に提供することもできた。当シンポが告知したところ、1人の参加予定者が見積もりの作成を依頼してきた。成約に至らなかったものの、このようなサービスは学会の年次大会だけでなく単発のシンポでも提供されていくべきだろう。なお、当日は乳児連れの参加者が1人いたため、登壇者用の控え室を開会後にその参加者が利用できるようにした。

また、公式サイトに掲載した位置経路案内では、車椅子で通行できない箇所や構内の多目的トイレの位置、飲み物売り場の位置も表示した。来場者が所持端末の電源切れで弾幕を投稿できなくなったりしないよう、USB Type-BとType-C対応の充電設備を提供することとし、それも公式サイトで事前告知した。

7. 懇親会費のオンライン入金

当シンポの懇親会では、集金にPeatixというウェブサービス・モバイルアプリを利用した。これも私がワシントン大学を訪問した時、研修のない週末にPike Place Marketで"Chocolate and Sake Pairing"という不思議な催しが開かれると知り、参加するためにEventbriteという類似サービスを利用したところ便利だったからである。余談だが、チョコレートと日本酒の組み合わせはやはり旨くなかった。

この業界の学会やシンポでは、懇親会費の集金に通常、郵便振り込みと現金払いを併用する。そのため、当シンポの懇親会の集金方法は奇を衒っているように見えたかも知れない。しかし、郵便振り込みと現金払いには幾つかの不便がある。

第1に、郵便振り込みだと、払込取扱票に手書きされた氏名を一つずつ読み取って手打ち入力し、参加者名簿を作成していかなければならない。これは手間であり、開催直前の忙しい時の大きな負担になる。

第2に、郵便振り込みだと、振り込んでからその情報が相手(懇親会の主催者)に届くまで、紙だと2-3日、Web照会サービスでも1日くらいを要し、時差が大きい。そのため、もし口座を開いたままにしておくと、当日会場で参加者から「私はさっき振り込みましたよ」と主張されても、主催者はその事実の有無(本当に振り込まれたけど情報がまだ届いていないだけなのかどうか)を確認できない、ということにもなる。

そのため、多くの学会やシンポでは、振り込み口座は開催数日前に閉じてしまい、以後は現金で支払わせるようだ。しかし、第3に、現金出納では盗難や紛失、釣り銭渡し間違えなどの危険が付き纏う。また、多忙な開催当日に数人、数十人を相手に現金出納するとなると、係員をシンポ会場の受け付けに常駐させる必要もあり大きな負担になる。

Peatixであれば、郵便振り込みと現金払いのような不便はなくなる。参加者の申し込み状況やチケットの販売状況は殆んどまたは全く時差なく確認でき、参加者名簿を作成する手間もない。また、直前までは郵便振り込みでそれ以後は現金払い、というように集金方法を切り替える必要がなく、懇親会の直前や当日であっても参加を受け付け続けることができる。なお、学生向けの割り引きコードも公開し、学生はこれを申し込み時に入力して割り引きを得られるようにした。

ただし、問題も2つあった。第1は、郵便振り込みでは振り込み手数料を参加者に負担させられるが、Peatixでは手数料を主催者が負担しなければならない、という主催者側の問題。もちろん、手数料を含めて懇親会費をやや高く設定するという方法もあるが、それでは参加者の理解を得難いだろう。手数料を計算に入れても、手間や人件費が軽減されるため全体としては利益の方が大きいだろうと判断し、当シンポではPeatixを利用することにした。


https://twitter.com/20181027jp/status/1033914633319411712

第2は、コンビニとATMからの振り込みは前日に締め切られてしまうため、クレジットカードを持っていない人は当日に参加申し込みできない、という参加者側の問題。当シンポが、懇親会費のオンライン入金の告知と同時にTwitterでアンケート調査を行ったところ、画像のような結果になった。これは「研究者や学生」を対象にしたものであり、当シンポの参加予定者や人文系に限定したものでない。それでも、クレジットカードを持っていない人の比率は私の予測より多く、当夜の懇親会も賑わったと言い難い。

ただ、このPeatixで面白いのは、誰がすでに参加チケットを購入したかを公開できるということである(本人が希望すれば本名でなく通称での公開も可)。これには一長一短がある。すでに多くの人が参加チケットを購入していれば、参加しようか迷っている人に「これだけの人が来るのだから、あの人も来るのだから自分も参加しよう」と参加を後押しできる。ただし、もしチケットの売れ行きが不調であれば、参加しようか迷っている人をより躊躇させることにもなる。

学会の年次大会であれば、参加者の顔触れは毎年概ね同じだが、今回のような単発のシンポでは誰が来るのか企画運営者にも予想できない。企画運営者のためだけでなく参加(検討)者のためにも、参加予定者の多寡や顔触れを良くも悪くも透明にすることには意味があるだろう。

8. 広報

当シンポは広報のため、独自ドメインを取得して公式サイト(http://20181027.jp)を開設し、Gmail(20181027jp@)とTwitter(@20181027jp)、Peing(https://peing.net/ja/20181027jp)のアカウントも取得して、2018年6月23日から広報活動を展開した。

情報はなるべく小出しにした。細部に未だ詰められていないところがあったということももちろんあるが、小出しにした方が潜在参加検討者の目に触れる機会が多くなると考えたためだ。その他、当シンポ開催案内のメールを私が接点のある研究者に一斉送信したり、鈴木氏が研究者のメーリングリスト3つに一斉送信したりした。ポスターは公式サイトで公開したPDFを誰でも印刷掲示できることとし、印刷したポスターを方々に送り付けるということはしなかった。Twitterで有料のプロモツイートを打つということも考えたが、見送った。その他、仏教文学会大会(9月15日16日、於慶應義塾大学三田キャンパス)と日本思想史学会大会(10月13-14日、於神戸大学六甲台キャンパス)で、許可を得て受け付け横の机に当シンポのビラを置かせてもらった。

広報活動は残念ながら不十分だったらしい。同年12月、私の研究に以前から注目してくれていたという京都の大学院生とたまたま知り合ったが、彼は2か月前に開催された当シンポを全く知らなかった。

9. 草稿公開

当シンポの開催記録は、当初から、私の当時の勤務先であり当シンポの開催主体でもある早稲田大学高等研究所の紀要すなわち本誌に掲載する予定でいた。本誌は毎年3月に刊行されるため、もし開催5か月後刊行の第11号(2019年3月)に掲載できれば、それが理想だった。しかし、同号への寄稿受け付けは当シンポの開催前に締め切られたので、見送ってその次の号に寄稿することとせざるを得なくなった。

私には何の考えもなかったが、開催後、鈴木氏が「開催から刊行まで1年5か月もの時間が空いてしまうことは好ましくなく、まず草稿を公式サイトで公開しよう」と提案してきた。これは実に名案だった。幸いにして他の登壇者3人からも快諾が得られたので、公開することとなった。

草稿を公開することにした理由は、鮮度の劣化防止ということ以外にもう1つある。それは、草稿の公開によって完成稿をよりよいものにできるだろうということだった。登壇者5人は他の登壇者の草稿を読み、自分の草稿に加筆することができる。また、登壇者以外から意見や指摘が寄せられれば、それを承けて草稿を改善することもできる。意見や指摘はPeingから匿名で投稿可能とした。なお、公式サイトでは「以下の文章はすべて草稿であり、加筆訂正されることが十分に有り得ますので、論文などでの引用は厳にお控えください」という注意書きを付けた。

結語

当シンポの企画運営で、私は「資金を費やさず、それでいて惜しまず」ということを心掛けた。

私は金を無駄遣いすることが嫌いなので、いつも削り得るところは切り詰めて、なるべく無料のサービスを利用するようにしている。当シンポの公式サイトやポスターも、すべて外注せず自分で製作した。昨今はどこでも研究費の支給額が減少しつつあり、まして私は任期最終年度の若手だったので、たとえ質素なシンポになったとしても参加者たちは理解してくれただろう。

ただ、窮状を打開して未来を切り拓こうという時に「欲しがりません勝つまでは」のような余裕のなさでは、勝てる勝負にも負けかねない。あまりに息苦しいと息が詰まるので、適度な遊び心があってもよい。そう考えたからこその弾幕やコーヒーだった。「こんなことを言ったら学界の重鎮たちからどう思われるだろうか」なども考えないことにした。私は新しい可能性を感じたかったし、参加者にも感じてほしかった。

当シンポは問題提起と意識共有のための試みであって、これで日本中世思想史研究の明日が切り拓かれたのでなく、明日があると確認できたのでもない。いつになるか分からないが、次は「日本中世思想史研究はまだ死んでいない」というシンポを開催したいと思っている。もちろん、その時まで日本中世思想史研究が死んでいなければの話だ。

草稿